音楽の効用―セルフ音楽療法のススメ
【主な内容】
●音楽の起源は?●リラクゼーション効果●集団的な共感力を高める●集中力を高め、脳を活性化●安眠効果●落ち込んだ気分を回復●意欲を取り戻す
音楽の起源は言語より古い?
音楽の効用はいろいろありますが、すべて人間の精神の根源にかかわっているように思えます。それほど人間と音楽の関係は深く、歴史のあるものです。音楽は、人類が言葉を獲得し、発展させていく過程で副産物として生まれたという考えが主流のようですが、逆の考えもあります。初期の人類は「音楽のようなもの」でコミュニケーションを図っていたのではないか。それが狩りや求愛、子育てなどの場でコミュニケーション上、必要に迫られて言語に発展したのだ、という学説です。
いずれにしても旧人類(ネアンデルタール人)の時代から音楽が存在したことは確かで、コミュニティの中で重要な役割を果たしていたことが考えられます。
今日でも、スポーツの国際大会などで国歌を流すのは、国を代表して戦うという意識を共有し、集中力を高めるためのもので、音楽がコミュニケーションの手段であった名残ともいえるものでしょう。
また、コンサート会場で熱狂的なファンが一体となって盛り上がる様子も、音楽の集団的催眠作用という面からいえば、原始的な効用といえます。
現代の日本では、音楽は個人的な趣味・嗜好の問題となり、音楽本来の持つ深い、神秘的ともいえる効用は忘れられがちです。そこでまず、音楽の持つさまざまな力、頭脳や精神に与えるプラスの効果からお話します。
気持ちを落ち着かせるリラクゼーション効果
気持を落ち着かせる音楽は「アルファ波」系に限らず、スローテンポならクラシックや映画音楽、ポップス系のイージーリスニングでも同様の効果が期待できるでしょう。
ただし、ボーカルの入っている曲は、詞の内容や歌手の声によっては逆に興奮を呼ぶことこともあります。楽器演奏のみの曲のほうがよりリラクゼーション効果が高いでしょう。
気分を高揚させ、集団的な共感力を高める効果
気分を高揚させ、集団を一つにしてしまうのは、最も原始的な音楽の効用です。ロックやテンポの速いジャズ、一部のシンフォニーなどは、その圧倒的な音量とたたみかけるリズムによってその場にいる人々を圧倒し、非日常的な別世界に連れて行きます。集団催眠ともいえる熱狂は、日頃たまったもやもやを吹き飛ばしてくれるでしょう。気分の高揚はストレスを解消するにはいちばんです。しかし、時には「宴のあとのむなしさ」のようなものに襲われることもありますから、その効果・効能は時と場合によるでしょう。
集中力を高め、脳を活性化させる効果
外国語の勉強をするとき、ゆったりした4拍子のJ・S・バッハの曲をバックに流すと最も効果があったという研究がヨーロッパにあります。
また、モーツァルトも集中力を高める効果があるようです。バッハやモーツァルトの音楽が脳にいいなら、同じバロックや古典派のビバルディ、ヘンデル、ハイドンなどもいいはずです。
ここからは個人的な見解ですが、同じクラシックでもベートーベンの交響曲はちょっと力みすぎますね。同様に、マーラーやワーグナー、ストラビンスキーなども、バックに流れているとかえって頭が疲れそうです。現代音楽に近いところでは、ドビュッシーが例外的に集中力を高めそうです。
ロマン派では、ショパンのピアノ曲がよさそうです。その他の作曲家たちは曲によります。情緒的で情熱的な曲は知的な脳の活動にはむしろマイナスになるので、集中力を高めるBGMには向いてないでしょう。
いずれにしても集中力を高めるかどうかは個人差があり、クラシック音楽が生理的にダメな人にはおすすめできません。アンチクラシック派には、映画音楽やポップス系のインストールメント、静かなジャズなどをおすすめします。
音楽の安眠効果
どこの国にも昔から子守唄というものがあります。ある種の音楽に安眠効果があることは、脳内物質や脳波、心拍数などの研究をするまでもなく、経験的にはわかりきったことです。クラシックでもシューベルトやブラームスの「子守唄」がありますが、子守唄ではなくてもゆったりした単調な音楽は眠気を誘います。静かなクラシック曲をふだん聞かない人に聞かせると、脳が退屈するのでやはり眠くなる人が多くなります。単調なリズムが続く静かな曲なら、どんな音楽でも子守唄になり得るということでしょうか。
心のダメージを和らげ、落ち込んだ気分を回復させる効果
「つらいときに、あの曲を聴いて慰められた」…というような経験をお持ちの方は多いでしょう。音楽が落ち込んだ気分を立ち直らせてくれることは、わざわざ解説するまでもないかもしれません。ところで、リラクゼーションや脳の活性化にはボーカルが入っていない音楽がよかったのに対し、心のダメージを和らげるには、「純粋の音楽」プラス「言葉の力」があったほうがよいようです。いわゆる歌謡曲(現代の若者にとってはJポップス)がそれに当たるわけですが、もちろん、昔のシャンソン、カンツォーネ、ラテン、カントリー&ウェスタン、ロカビリーなども同様の効果があります。
一般に、思春期から青年期に夢中になった曲は、生涯にわたって心の奥底に潜んでいます。だから、中高年の人が心を癒すには、若い頃の曲に限るわけです。
その意味で、心を癒す「セルフ音楽療法」は世代や性別によってかなり選ぶ曲が変わってきます。ある人にとって心に響く音楽が、別の人にとっては退屈を通り越して不快になる音楽だったりするわけです。他人に音楽療法を施す難しさはここにあります。
無気力や自信喪失から脱出し、意欲を取り戻す効果
長い人生の中では、ふとした失敗から自信喪失したり、挫折して無気力な状態に陥ることもあります。そんなときにも、元気を取り戻す音楽があります。もちろんこの場合も、効果のある曲は世代、性別、趣味によって異なります。こうした音楽のもつ不思議な力を、認知症や高次脳機能障害、自閉症などの発達障害への治療に応用する研究も進んでいます。
つらい気分のときは明るい音楽、それとも暗い音楽?(セルフ音楽療法の極意)
あなたは、悲しいときや気分がふさぎこんだときなどに、どんな音楽を聴きますか? ちょっとした気分の落ち込みなら、明るく軽快なテンポの曲でもやもやを吹き飛ばすことができるでしょう。でも、落ち込みの程度がちょっと強くなると、明るい曲がかえってつらくなることもあります。例えていえば、ケガで外に出られないとき、雨の日よりもからりと晴れた爽快な天気の日のほうがつらいのと同じことです。あるいは、うつ病の人に安易に「頑張れ」と励ましてはいけない、というのにも似ているでしょうか。「無理してこんなに頑張っているのに、まだ足りないなんて…私はもうおしまい」という気分に追い込むのです。
落ち込んでいるときに、その気分とは逆の明るい音楽を聴くのもそれと同様です。落ち込んでいるときは、その気分と同質の音楽を聴くほうがしっくりくるものです。音楽の中で、「これ以上のどん底はない」というところまで味わうことによって、癒され、元気を回復するのです。
昔の流行歌にはそうした効用を持つヒット曲が数多くありました。つらい気持を表現した自虐的ともいえる歌詞と、短調の悲しげな曲想。その詞に登場する主人公と、歌手と、そして自分とを重ね合わせることで、失恋や仕事、人間関係などの苦しみを和らげ、明日への活力にすることができたのでしょう。
どんなジャンルの音楽にも、落ち込んだ気分を受け止め、吸収する力を持った音楽があります。セルフ音楽療法の極意は、さまざまに落ち込んだ気分を立て直すための曲のレパートリーをどれだけ用意し、いかに「症状」に合わせて適切に選ぶかにあります。
ストレスから自分の心と体の健康を守るために、音楽鑑賞という自分の趣味を生かした「セルフ音楽療法」をおすすめします。
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